【野草雑感 Ⅸ】

投稿者  新矢田一丁目  市川景範

秋の七草(あきのななくさ)

秋の野に咲きたる花を指折(おゆびお)り
かき数ふれば七種(ななくさ)の花

芽子(はぎ)の花尾花(おばな)葛花(くずばな)瞿麦(なでしこ)の花
姫部(をみなへ)志(し)また藤袴(ふじばかま)朝貌(あさがほ)の花

(参考) 原文
山上臣憶良詠秋野花歌二首
秋野尓咲有花乎指折可伎数者七種花 
芽之花乎花葛花瞿麦之花姫部志又藤袴朝皃之花

これは万葉集にある山上憶良(やまのうえのおくら)(660~733年)が秋の野にある花を詠んだ有名な二首である。

ハギ、ススキ(オバナ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ(アサガホ)

七草の画像は、最後の1枚を除き、牧野富太郎著 原色牧野植物大圖鑑第3版から借用しております。

ススキをオバナと言うは現在でも俳句、短歌などで使われており、尾花は秋の季語でもある。現在のアサガオは、平安末期ごろ中国から牽牛子と呼ばれ薬用として入って来て、まだ万葉の頃には日本にはなく、詳細は省くが朝貌(あさがほ)はキキョウが定説となっている。

この歌が詠まれてから1300年程経っているが、現在の秋の七草と花の種類は変わっておらず、また花の名前も朝貌以外はほとんどそのまま使われている。このことはこの「秋の七草」が1300年の時代を通して変わらず人々に愛されて続けてきたことを物語っている。

この秋の七草の選定は、中国の書籍に基づき、憶良によるものとの説もあるが、これらの秋草の花は既にこの万葉の頃から一般の人々に親しまれていたものと考えるのが自然であろう。

人々の暮らしの中で病気の時の薬は切実なことであり、その多くが身近な草木が用いられた。ここに挙げられた秋の七草は全て薬草として古くから利用されており、ハギは生薬名はないが民間薬として、他は漢方薬の生薬名を有する薬用植物である。日本人にとってこれら「秋の七草」は、生活とともにある大切な草木で、秋の花の時期だけでなく年間を通して身近な存在であった。

秋の七草のこれら七種の植物は、万葉集の中で多くの歌で詠まれている。ハギ 141首、ススキ 44首、クズ 21首、ナデシコ 26首、オミナエシ 4首、フジバカマ 1首、キキョウ 5首であり、合計252首が載せられている。

万葉集約4500首中、 植物は三分の一の約1500首に詠まれている。その内の秋の七草は252首で六分の一を占めており、これら七種の秋草の花が万葉の頃の人々にいかに存在感があったかが解る。

中でも、ハギ(萩)は、この万葉集の中に141首で詠まれており、植物として最も多く、これに次ぐウメ(梅)は118首である。そしてこのハギを詠んだ歌は、万葉集の中でも皇族や貴族の作になるのは少なく、無名の庶民、すなわち詠み人知らずの歌が多いそうである。ハギと云う花が、その頃の庶民たちにいかに愛されたものであったかがこういう点からもうかがえる。この様なことは七草全体について同様のことが言える。

もちろん今日までの間に幾度かこれらとは異なる秋の七草が選定され、提案されたがいずれも人々に親しまれるものとはならず、万葉以来の七草が今日でも依然として愛されている。

ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ、これらは、昭和30年代頃までは当地でも自然の中での自生のものを郊外、丘陵地などで季節になれば見ることができたが、現在ではススキとクズ以外は見つけるのは難しい。お目に掛れるのは、個人のお庭に植えられている1~2種を垣根越しに見させていただく程度となった。

ハギ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウはいずれも、半自然草地と呼ばれる環境を主な生育地としている。半自然草地というのは、採草地や牧草地として利用するために、草刈りや火入れなど、人が適度に干渉することによって維持されてきた草地のことをいう。高度成長に伴うライフスタイルの変化によって、半自然草地はその価値を失い、無用のものとなった。ある場所は住宅や道路にその姿を変え、ある場所は放置された結果、もはや草地の姿を保つことができなくなった。そうして、半自然草地に生育する種はすみかを失っていった。

万葉の時代から1300年以上に亘り、綿々と受け継がれてきた秋の七草は、今はススキとクズ以外は野に無く、日本人の心の財産の一つを失ったようで大いに寂しく思う。

本年は、特に連日の長雨で、梅雨が明けると即連日の猛暑、猛暑。まだまだ暑さは残っているが、お彼岸の声を聴くとヒガンバナの真っ赤な花の群れがあちらこちらに見られ、秋を感じる中で、万葉集の「秋の七草」に久しぶりに思いを馳せた。

来年は、是非、我が家の庭の一角に「秋の七草」を植え、秋の七草を身近に1300年の日本人の心の一端を感じたいと思っている。

十月朔日(ついたち)は、旧暦八月十五日、中秋(ちゅうしゅう)の名月である。

本年の名月は、天は澄みわたり近年の最高のすばらしい正に名月であった

我が家は恒例のススキとハギを飾り、サトイモとおだんごをお供えして、日本の秋をたっぷり味わった。

コロナ禍の自粛の中で
つれづれなるままに

以上