投稿者 新矢田一丁目 市川 景範
フクジュソウ(福寿草)
今日は、令和4年元旦。元日に因んで、元日草(ガンジツソウ)=福寿草(フクジュソウ)。フクジュソウは、極早春の未だ他の草木が芽を出さない一番に土を割り、つぼみから地上に出て、いきなり大きな花を付け、早い春の陽光を独り占めするように咲く。徐々に葉を展開して大きくなり種子を作り、根を太らせ次世代を準備して、他の草木が茎をのばし葉を広げる5月下旬には地上部は枯れ地中で休眠につく。この間約3か月程度である。
筆者は山野草の愛好の一人で、その年月は40~50年になるが、この世界に足を踏み入れたのは、春一番に花を咲かせ、初夏には消えてしまうフクジュソウ、セツブンソウ、カタクリ・・・などのいわゆるスプリングエフェメラル(春の妖精)であった。今でも庭に地植えで、鉢植えで幾種類かは毎年目を楽しませてくれている(注1)。中でもフクジュソウはお気に入りのひとつで、庭植え、鉢植えの他に特別の大型プランターで幾株かを育てており、40年以上続いている。
我が家のフクジュソウは、今年も順調に今ふっくらとした花芽を地際に上げてきており、旧正月の元日(今年は新暦の2月1日)頃に開花となろうと楽しみにしている。
フクジュソウは旧暦の元日頃に黄金色の花を咲かせることから、一番に春を告げるという意味で「福告ぐ草(フクツグソウ)」という名前が江戸時代の初め頃には使われていた。その後、ゴロを良くすることから、おめでたい「寿」と差し替えられ「福寿草」となり、正月飾りとして梅との寄せ植え、また南天との組み合わせで、「難を転じて(南天)福となす」などフクジュソウは「めでたい」花の代表的な一つとなった。
福寿草=めでたい花、我々には何の依存も無いところだが、その所々で異なった神話や伝説がある。それには往々にしてイメージが真反対のものもある。
フクジュソウにはアイヌでつぎのような伝説がある。フクジュソウはアイヌの言葉で「クナウ」という。この由来にも、実はとても悲しい伝説が隠されている。雷神カンナカムイの娘クナウは霧の女神で、天上でも評判の美女であったが、親の決めた婚約者のテンの神を嫌って霧のように草の陰に隠れてしまった。怒ったテンの神は、クナウを見つけて打ちのめし、地上の草になれと呪ったので一本の草花になってしまった。だからフクジュソウは、早春の雪の消え間からこっそりと天上の父を眺めているのであると。このような伝説から、フクジュソウは、アイヌで「クナウ」と呼ばれている。
また、ヨーロッパのフクジュソは、花が深紅で名が「アドーニス」(Adonis)という。ギリシャ神話では、キプロス王の息子アドーニスがイノシシに殺されたのをヴィーナスが嘆いて、その涙とアドーニスの血が地上に滴って生えた花だとされている。そこからヨーロッパでのフクジュソウの花言葉の一つに「悲しき思い出」というのがある。
フクジュソウには一つ注意しなければならないことがある。フクジュソウは「毒草」であること。フクジュソウの茎、葉、特に根には アドニトキシン という成分の毒があり、触ることでは無害であるが、決して口に入れてはならない。死に至ることもあるという。特に小さい子供には注意が必要である。
フクジュソウは、つぼみが一番先に地上に出てまず花を開く。花はいつも太陽に向かって開き、太陽の動きを追いかけて動く。日が陰れば直ちに花びらを閉じ、日が当たれば直ちに花びらを開く。この花びらの開閉は光によるのか温度によるのか調べた実験結果があり、暗い中でも温度を上げれば花びらは開くことが確認されている。花びらの内側は黄金色でピカピカで光を最高に良く反射できるようになっている。花の形と花びらをよく見てみると、深皿状のパラボラアンテナのようである。このような形は、花に受けた太陽の光はあのピカピカの花びらの内側で反射され、中央にある雌しべおよび雄しべのあたりに集まり(焦点)、その部分の温度を上げることになる。外気より5~7℃高いことが測定されている。
極早春の気温が低い中、フクジュソウの花の中は暖房の利いた楽園であり、昆虫たちは競って集まることになり、結果として花粉が媒介、受粉されることになる。因みにフクジュソウの花には他の植物に見られるような蜜はない。
フクジュソウは、極早春の未だどの植物も活動していない時期に先ず良く目立つ花を開き、気温の未だ低い中で暖房を手段に昆虫類を集め、受粉による子孫(種子)を残し、その後茎および葉を展開して自らの個体(株)を大きくする。この間約3ケ月、この後はさっさと地下で休眠、・・・。何と巧みな生き残り戦略かと思う。
(注1)本ホームページ みんなの広場【野草雑感Ⅰ】我が家の庭の春の妖精たち(スプリングエフェメラル) 2019年4月。
以上