【野草雑感 Ⅱ】

いずれあやめかかきつばた

新矢田一丁目 市川景範

 「いずれあやめかかきつばた」広辞苑によれば、「どちらもすぐれていて優劣の決めがたい意」とあるが、少々異議あり。このフレーズは美人揃いの折以外には使って欲しくない、また使っても似合わないと思う。
 その昔、源(三位)頼政が、怪しい鳥=鵺(ぬえ)を退治し、その褒美に鳥羽院から当時随一の美人「あやめの前」を下賜されるに、よく似た十二人の中から選ぶことになり、その時詠んだ歌

さみだれに沢辺のまこも水たえて いずれあやめとひきぞわずらふ
(五月雨が降り続いて、沢辺の水かさが増したためまこも(真薦)も
 水中に隠れて、どれが菖蒲かわからず引き抜くのをためらっている)

 歌に感服した鳥羽院は、自ら「あやめの前」の手を取り頼政に賜った故事に由来するとされる。ここで言うあやめは現在のショウブであり、歌の意味も花の美しさを競っているものではない。この故事をヒントに後世誰かの創作と思われるが、かきつばたはその時加えられたものである。
 しかし、この故事の趣を活かし、アヤメによく似て大変美しく、語呂の良いカキツバタを付け加えたのは大変すばらしいセンスだと感心するところである。
 ここでもう一度広辞苑に戻って、アヤメを引くと、漢字は、「菖蒲」が当てられ、端午の節句の菖蒲湯のショウブも同じ「菖蒲」の字が当てられている。  しかし、アヤメとショウブは全くの遠い異種で、アヤメはカキツバタと同じアヤメ科であるが、ショウブはサトイモと同じ仲間で、花はガマに似てアヤメ類とは似ても似つかない。

 万葉の頃には、ショウブのことを「あやめくさ」といい、アヤメのことを「はなあやめ」と呼んでいたようであり、万葉集にもそれを詠んだ歌がいくつかある。
 その頃すでに「菖蒲草」と書いて「アヤメくさ」と読んでいたようであり、ショウブにも、アヤメにも「菖蒲」が当てられ今日に続いているようである。
 アヤメの仲間には、伊勢花しょうぶ、黄しょうぶなどしょうぶ(菖蒲)を名乗るものは多く、それらを植える公園などを菖蒲園と呼ぶことが多い。
 このように「あやめ」、「しょうぶ」、「菖蒲」の使い分け、読み分けは、いかにも日本的で、日本語の妙の一つとして興味深いところである。
 アヤメ、カキツバタ、ハナショウブなど、日本を代表する素晴らしい花を愛でるのに、このような野暮ったい話はこの辺で終わりとしよう。


 さて、今年も我が家の庭のアヤメもちらほらと咲き始めた。このアヤメが咲くといつも幼き頃を思い出して懐かしい。父親と菖蒲湯につかりショウブの葉を鉢巻きにしてもらったことなど。
 今日は、令和元年五月五日、端午の節句。我が家ではこの日ショウブとヨモギの束を風呂に入れる菖蒲湯、また同様の束を玄関近くの屋根に挙げるのが恒例である。
 今年も、この一年の無事を祈って。